東京地方裁判所 平成9年(ワ)11629号 判決 1999年10月13日
原告 住友海上火災保険株式会社
右代表者代表取締役 小野田隆
右訴訟代理人弁護士 中田明
同 松村幸生
同 田島正広
被告 ノース・ウエスト・エアラインズ・インコーポレイテッド
日本における代表者 目代純
右訴訟代理人弁護士 佐鳥和郎
主文
一 被告は、原告に対し、三二万一七三三円及びこれに対する平成八年四月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、一〇九九万五六〇六円及びこれに対する平成八年四月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、米国から日本へ運送される航空貨物の荷受人との間で貨物海上保険契約を締結していた原告が、右貨物を運送した被告がその一部を紛失したとして、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償を求めたのに対し、被告が、条約ないし運送契約約款上の責任制限規定の適用を主張してこれを争っている事案である。
一 争いのない事実
1 売買契約の締結
平成八年二月ころ、シネックス・ジャパン・コーポレーション(以下「シネックス・ジャパン」という。)は、シネックス・インフォメーション・テクノロジーズ・インコーポレイテッド(以下「シネックス・インフォメーション」という。)から、コンピューター及びその備品五カートン分(数量合計一四八六個、重量合計六九〇キログラム、価格合計三〇万〇〇三四・一四米国ドル。以下「本件製品」という。)を購入し、代金を支払った。
2 利用運送契約の締結
シネックス・インフォメーションは、同月一三日、ユニスター・エアカーゴ(以下「ユニスター」という。いわゆる契約運送人である。)の代理人であるユーピーエス・ヤマト・パートナーシップ・ユーエスエー(以下「ヤマト・ユーエスエー」という。)と、本件製品につき、荷送人をシネックス・インフォメーション、荷受人をシネックス・ジャパンとして、米国のサンフランシスコから日本国の成田空港まで運送する旨の運送契約(いわゆる利用運送契約である。以下「本件第一運送契約」という。)を締結し、同日、ヤマト・ユーエスエーに対して本件製品を引き渡すとともに、同社より、同社がユニスターを代理して発行した航空運送状(ハウス・エアウェイビル。番号四一〇―九五一三八四〇七。)の交付を受けた。
3 実行運送契約の締結
同日、ヤマト・ユーエスエーは、ユニスターを代理して、被告(いわゆる実行運送人である。)と、本件製品につき、荷送人をユニスター、荷受人をヤマト・ユーピーエス株式会社として、米国のサンフランシスコから日本国の成田空港まで運送する旨の運送契約(いわゆる実行運送契約である。以下「本件第二運送契約」という。)を締結し、同日、被告に対して本件製品を引き渡すとともに、被告より航空運送状(マスター・エアウェイビル。番号〇一二―七一〇五三九七五。)の交付を受けた。
4 本件製品の紛失
被告は、同日、サンフランシスコ発のNW九〇五/一四便で本件製品を日本国に空輸し、同便は、同月一五日、成田空港に到着した。
被告は、本件製品受領後の保管、飛行機への搬出入作業又は輸送の際、本件製品五カートンのうち、一カートン(中身はコンピューター等で、数量合計四九一個、重量合計一三八キログラム、価格合計九万一八〇一・一三米国ドル。以下「本件被害品」という。)を紛失した。
5 保険契約の締結等
原告は、本件製品の運送に先立ち、シネックス・ジャパンとの間で、本件製品を目的とし、保険金額を三五九三万七〇〇〇円とする貨物海上保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。
原告は、平成八年四月二日、本件保険契約に基づき、シネックス・ジャパンに対し、一〇九九万五六〇六円を支払い、同社が被告に対して有していた不法行為に基づく損害賠償請求権を代位取得した。
被告は、平成八年一〇月ころ、原告代理人に対し、右損害の賠償として、額面二七六〇米国ドルの小切手を送付した。
二 争点及びこれに対する当事者の主張
1 旧ワルソー条約の解釈、適用に当たっては米国における解釈に従って法廷地において適用すべきか。
(被告の主張)
国際航空運送についてのある規則の統一に関する条約(一九二九年一〇月一二日にワルソーにおいて制定されたもので、一九五五年九月二八日にヘーグにおいて改正される以前のもの。以下「旧ワルソー条約」という。)は、実質的統一条約であるが、その解釈、適用に当たっては、まず準拠法を選択した上で、その準拠法所属国が右条約の締約国である場合には、その国の法の一部として、その国における解釈に従って、法廷地である日本において適用すべきである。
本件においては、利用運送契約及び実行運送契約の契約当事者は荷受人を除いて全て米国法人であるから、当事者間には準拠法を米国法とするとの黙示の意思表示があるというべきである(法例七条一項)。したがって、本件について旧ワルソー条約を適用するに際しては、米国における解釈に従って適用すべきである。
(原告の主張)
旧ワルソー条約は、国際私法を介することなく直接適用されるべき統一私法であり、その解釈に当たっては、関係諸国の判例や解釈論を比較法学的見地から参考にしながらも、それらに拘束されることなく、法廷地である日本において決定されるべきである。
また、仮に右主張が認められないとしても、旧ワルソー条約は、その三二条において、当事者が約款又は特約で適用すべき法律を決定し、又は裁判管轄に関する規則を変更することによって条約の規定に違反するときは、その約款、特約を無効とすると定めて、当事者間の契約、準拠法約款、裁判管轄約款により同条約の適用を回避することを禁止しているが、こうしたことにかんがみると、同条約一条所定の国際航空運送については同条約の規定が直接適用されるものというべきである。
2 旧ワルソー条約二二条二項の責任制限規定は実行運送人たる被告に対して適用されるか。
(被告の主張)
本件には、以下の理由から、旧ワルソー条約二二条二項が適用されるというべく、本件製品の運送に関する被告の運送人としての責任は一キログラムについて二五〇フランに制限されるというべきである。
被告は、ユニスターに対し、契約運送人としてマスター・エアウェイビルを発行しており、被告とユニスターとの間においては、旧ワルソー条約が適用される。ところで、ユニスターのような航空貨物混載業者は、個々の貨物の荷送人から小口貨物を集め、それらをまとめて大口貨物として航空会社に運送を委託し、継続的に大口貨物の荷送人としての立場から大口貨物全体として割安な航空運賃での運送を航空会社に提供させ、個々の貨物の荷送人には航空会社と直接運送契約を締結するよりも割安な運賃を提供するとともに、大口貨物運賃と個々の貨物の合計運賃との差額を利益として得ているのであって、荷送人は、利用運送契約締結の際、実行運送人による貨物運送を予定しているものといえる。また、マスター・エアウェイビルとハウス・エアウェイビルとは全く責任条件が同一であり、利用運送契約と実行運送契約とは同一内容で連鎖しているものといえる。さらに、運送人と運送契約を締結した荷送人が貨物の所有者であるか否かによって運送人の法的責任が変わるとすれば、大量の貨物を取り扱う運送業の円滑な遂行は著しく阻害されることになる。したがって、被告は荷送人であるシネックス・インフォメーションとの間において黙示の運送契約を締結したものというべきである。仮にそうでないとしても、以上の事実にかんがみて、信義則上、被告は旧ワルソー条約二二条二項にいう「運送人」に該当するというべきである。
(原告の主張)
旧ワルソー条約二二条二項にいう「運送人」は、契約運送人のみを指し、実行運送人を含まない。したがって、本件の荷主であるシネックス・インフォメーションから見て実行運送人に当たる被告は同条約にいう「運送人」には該当しないので、本件に同条約二二条二項の責任制限規定は適用されない。
3 旧ワルソー条約二二条二項の限度額の換算方法をいかにすべきか。
(被告の主張)
旧ワルソー条約二二条二項所定の一キログラムについて二五〇フランとの責任制限額は、同条四項により一キログラムについて二五〇フランス金フラン(いわゆるポアンカレ・フラン)となり、それは本件航空運送を規律する運送約款の規定する金一オンス当たり四二・二二米国ドルを基準として、一キログラム当たり端数のない二〇米国ドルに換算される。
(原告の主張)
旧ワルソー条約二二条二項及び四項が規定する一キログラムについて二五〇フランス金フランは、現在における金の市場価格(平成一一年七月一四日現在の純金の市場価格は一グラムあたり一一〇三円である。)を基準として貨幣に換算すべきである。
4 ユニスターの運送契約約款四条及び七条(いわゆるヒマラヤ・クローズ)は有効か。
(被告の主張)
仮に、旧ワルソー条約の責任制限規定が本件に適用されないとしても、被告の原告に対する責任は、以下のとおり、ユニスターの運送契約約款四条により一キログラム当たり二〇米ドルに制限される。
ユニスターの発行したハウス・エアウェイビルの裏面には、「運送人の責任限度に関するご注意」として、「ワルソー条約は、貨物の滅失、毀損又は延着の場合における運送人の責任を、通常一キログラムについて二五〇フランス金フランに制限しています。」、「一キログラムについて二五〇フランス金フランの責任限度は、金一オンスが四二・四四米国ドルであることを基準として、一キログラムについて約二〇米国ドルに相当します。」という趣旨の記載があり、さらに、「契約条件」として、「運送人のタリフ又は運送約款に別段の定めがある場合を除き、ワルソー条約が適用されない運送における運送人の責任は、荷送人によってより高い価値が申告され、かつ増料金が支払われていない限り滅失、毀損又は延着貨物一キログラムについて二〇米国ドル又はその相当額を超えないものとします。」(四条)、「運送人に適用する責任の排除又は制限に関する一切の規定は運送人の代理人、被用者及び代表者、並びに運送のために運送人が使用する航空機の保有者、その代理人、被用者及び代表者に対しても適用します。この場合には、運送人は、これら全ての者の代理人として行為をします。」(七条)という趣旨の記載がある。
したがって、仮に旧ワルソー条約が本件に適用されないとしても、被告は、右ユニスターの運送契約約款七条前段の「航空機の保有者」に、ユニスターは同条後段の「代理人」にそれぞれ当たるので、被告の原告に対する責任は、右約款四条により、一キログラム当たり二〇米国ドルに制限される。
(原告の主張)
(一) ユニスターの運送契約約款七条は、契約締結時における当事者の意思に照らせば無効というほかない。すなわち、通常、運送人が履行補助者の免責の局面まで考慮に入れて運送契約を締結しているとはいえない上、ヒマラヤ・クローズは、航空運送状の裏面に極めて微細な文字によって定型的に印刷されているものであり、荷送人はその内容の確認すらせずに運送契約を締結することが多いのであるから、航空運送状の裏面にヒマラヤ・クローズが記載されていることのみをもって、代理人による契約又は第三者のためにする契約としてヒマラヤ・クローズが有効であるということはできない。
(二) 仮に、右条項が全面的に無効とまではいえないとしても、少なくとも被告のような独立の契約者たる履行補助者(代行者)との関係では無効というべきである。すなわち、国際海上物品運送法二〇条の二第二項は、同条一項の規定によって運送品に関する運送人の責任が免除又は減軽される場合には、その限度において当該運送品に関する運送人の使用する者の荷送人等に対する不法行為による損害賠償責任も免除又は減軽される旨を定め、運送人の履行補助者にも運送人と同様の免責を与えているが、右規定は、単に運送人に使用されたにすぎない者についても、運送人との均衡を図るため運送人と同様の免責を与える趣旨のものであって、運送人との間に指揮、監督関係がなく、運送人と独立して営業活動を遂行する独立の契約者(港湾荷役業者、運送ターミナル・オペレーター、実行運送人等)は右条項にいう「使用される者」には含まれないと解されているところである。こうしたところからしても、被告のような独立の契約者との関係では帰責性に応じて運送人と異なる責任を負担させても均衡を欠くものではないし、そもそも右ヒマラヤ・クローズは前記のとおり当事者の意思との関係で非常に根拠が希薄なものであるから、その効力も必要最小限度の範囲に制限すべきである。
(三) 仮に、右条項が独立の契約者との関係で有効であるとしても、本件におけるように運送契約の当事者ではなく揚地において貨物の引渡を受けたにすぎない荷受人については、右条項に拘束されるいわれはない。
5 被告の運送契約約款四条及び七条は有効か。
(被告の主張)
仮に、旧ワルソー条約の責任制限規定が本件に適用されないとしても、被告の原告に対する責任は、以下のとおり、被告の運送契約約款四条により一キログラム当たり二〇米ドルに制限される。
被告の発行したマスター・エアウェイビルの裏面には、前記4のユニスターの発行したハウス・エアウェイビルの裏面に記載されているものと同様の「運送人の責任限度に関するご注意」が記載されている。
したがって、仮に、旧ワルソー条約が本件に適用されないとしても、被告は被告の運送契約約款四条の責任制限規定を援用することができるから、被告の原告に対する責任は、一キログラム当たり二〇米国ドルに制限される。
(原告の主張)
被告の運送契約約款は、ユニスターと被告との間の実行運送契約には適用されるが、シネックス・インフォメーションとユニスターとの間の利用運送契約には適用されないから、被告は、被告の運送契約約款四条の責任制限規定を援用することはできない。
すなわち、契約法の基本理念からすれば契約外の第三者は契約上のいかなる責任制限約款の対抗も受けないはずであるし、不法行為に基づく請求においては請求権競合の観点から契約上の抗弁の援用は許されないはずである。
また、仮に大量輸送の観点から責任制限額を低額に固定化すること自体には合理性が認められるとしても、本件の場合には、荷送人であるシネックス・インフォメーションは、被告と運送契約を締結したヤマト・ユーエスエーと従属関係にはなく、また、ヤマト・ユーエスエーに対してどの航空会社と運送契約を締結するかについて指示し得る立場にもなかったのであり、本件貨物が前記のような約款の下で被告によって運送されることを直接知る機会もなかったというべく、さらに、荷主において、航空運送状の裏面に極めて微細な文字で記載されている契約約款に従う意思があったとはいえないことに照らせば、被告と契約関係になかった荷受人からの不法行為に基づく損害賠償請求において、信義則を根拠に被告の運送契約上の責任制限約款を援用することは許されないというべきである。
第三争点に対する判断
前記争いのない事実によれば、本件第一運送契約及び本件第二運送契約はいずれも出発地を米国内、到着地を日本国内とする航空機による貨物の運送契約であり、米国及び日本国はいずれも旧ワルソー条約の締約国であるから、右各契約の法律関係については、それぞれ旧ワルソー条約が適用される(同条約一条二項前段)。
そこで、これを前提として各争点につき以下検討する。
一 争点1(旧ワルソー条約の解釈の在り方)について
もともと、旧ワルソー条約は、その前文にも明記されているとおり、「国際航空運送の条件を、その運送のために使用する証券及び運送人の責任に関し、統一的に規制することが有益である」との観点に立って作成され、締結されているものである。
そして、旧ワルソー条約は、その二一条において、「被害者の過失が損害の原因となったこと又は原因の一部となったことを運送人が証明したときは、裁判所は、自国の法律の規定に従い、運送人の責任を免除し、又は軽減することができる。」と規定し、また、その二五条一項において、「運送人は、損害が、運送人の故意により生じたとき、又は訴えが係属する裁判所の属する国の法律によれば故意に相当すると認められる過失により生じたときは、運送人の責任を排除し、又は制限するこの条約の規定を援用する権利を有しない。」と規定している。こうしたところからすると、同条約は、法廷地の法律に従って判断すべき場合があることを当然に予定しているものといえる。
また、旧ワルソー条約三二条本文は、「運送契約の約款及び損害の発生前の特約は、当事者がその約款又は特約で適用すべき法律を決定し、又は裁判管轄に関する規則を変更することによってこの条約の規定に違反するときは、無効とする。」と規定しており、たとい当事者が準拠法について合意しても、同条約の規定に違反する限り無効とすることとしている。
このような旧ワルソー条約の趣旨、全体的な規定内容等に照らせば、同条約は、同条約一条及び二条に該当する国際航空運送について直接適用されるものと解するを相当とする。そして、その解釈、適用に際して、米国を含む他の批准国における解釈等をも参考にすることがあるが、それは、旧ワルソー条約が我が国のみならず他の批准国においても適用されるいわゆる統一法であることに由来するものであって、準拠法を選択した上でその国における解釈に従うべきこととはおのずから次元を異にするものである。
したがって、本件について旧ワルソー条約を適用するに際しては準拠法である米国における解釈に従うべきである旨の被告の主張は採用できない。
二 争点2(旧ワルソー条約の責任制限規定の適用の有無)について
1 旧ワルソー条約一八条一項は、「運送人は、託送手荷物又は貨物の破壊、滅失又はき損の場合における損害については、その損害の原因となった事故が航空運送中に生じたものであるときは、責任を負う。」と規定し、同条約二二条二項本文は、その場合の「運送人の責任は、一キログラムについて二五〇フランの額を限度とする。」として、運送人の責任が制限されることを規定している。
そして、旧ワルソー条約二四条一項は、「第一八条及び第一九条に定める場合には、責任に関する訴えは、名義のいかんを問わず、この条約で定める条件及び制限の下にのみ提起することができる。」と規定しており、ここにいう「名義のいかんを問わず」とは、請求原因が契約責任、不法行為責任、その他の各国の国内立法による特別の請求原因のうちのいずれの名義であるかを問わない趣旨であると解される。
2 ところで、旧ワルソー条約一条二項は、当事者間の約定を基準として、出発地及び到達地がそれぞれ別の締約国の領域にある運送等に同条約が適用される旨定めている。また、同条約三条一項、四条一項ないし三項、五条一項、六条ないし八条は、運送人又は荷送人が、運送証券(旅客切符、手荷物切符、航空運送状)を作成、交付しなければならない旨を定め、同条約三条二項ただし書、四条四項ただし書、九条は、運送証券の交付がない場合等には、運送人はその責任を排除又は制限する同条約の規定を援用する権利を有しない旨を定めている。これらの規定は、いずれも当事者間で締結された運送契約を同条約の適用の前提としているものと解されるところである。
こうしたところからすると、旧ワルソー条約は、基本的には運送契約によって運送義務を負担する運送人の当該運送契約において対象とされている荷送人又は荷受人に対する義務及び責任等を定めたものであって、同条約が定める「運送人」とは、原則として、荷送人と直接運送契約を締結した契約運送人を指すものと解されるところである。
3 しかしながら、旧ワルソー条約が作成された昭和二八年当時と比べると、航空機による国際運送は著しい発展を遂げ、その量において著しく増加していることはもとより、その形態においても、荷送人から貨物を引き受けた運送人(契約運送人)自ら運送する形態のほかに、その運送人が更に別の運送人(実行運送人)と契約を締結して運送するという形態も大いに利用されるようになっているところである。このように、旧ワルソー条約締結当時と比べると国際航空運送の実情は大きく変化しているところである。
加えて、旧ワルソー条約は、二以上の運送人が相次いで行う航空運送の場合において、当事者が単一の取扱としたときは、単一の契約の形式によると一連の契約の形式によるとを問わず、同条約の適用上不可分の運送を構成するものとみなされ(一条三項前段)、旅客、手荷物又は貨物を引き受ける各運送人は、同条約の適用を受け、その運送人の管理の下に行われる部分の運送に運送契約が関連する限度において運送契約の当事者の一人とみなされる(三〇条一項)旨規定し、また、前記のとおり、同条約二四条一項が、運送人の責任に関する訴えは、請求原因が契約責任、不法行為責任、その他の各国の国内立法による特別の請求原因のうちのいずれの名義であるかを問わず、同条約で定められた条件及び制限の下にのみ提起することができる旨規定しているところである。
ところで、《証拠省略》によれば、本件については以下の事実が認められる。すなわち、本件第一及び本件第二運送契約は、いずれも同一の出発地(サンフランシスコ)から同一の到達地(東京)まで運送する旨の契約であって、同一の日付(一九九六年二月一三日)で締結されており、本件第二運送契約は、ユニスターが多数の荷送人から引き受けた貨物のうち、同一の出発地及び到達地のもの全部を併合して、一個の貨物として締結されたものである。本件第一運送契約に基づく航空運送状には、「最初の運送人」が被告であること、NW九〇五/一四便で運送されることの記載のほか、本件第二運送契約に基づく航空運送状の番号が記載されている。また、本件第二運送契約に基づく航空運送状に添付された積荷目録には、本件第一運送契約に基づく航空運送状の番号が記載されている。そして、右各航空運送状の裏面には、ほぼ同一内容の契約約款が記載されている。
こうしたところからすると、本件においては、契約運送人たるユニスターと実行運送人たる被告との間で利用運送契約と実質的に同一内容の実行運送契約が接着して締結されており、しかも、本件第一運送契約に基づく航空運送状の記載内容からすれば、本件第一運送契約締結の際に、本件第一運送契約と実質的に同一内容の実行運送契約が接着して締結されることが当然に予定されており、荷送人であるシネックス・インフォメーションにおいてもそのことを認識していたか、少なくとも認識し得たものと判断されるところである。
そうすると、本件当事者間においては、旧ワルソー条約一条三項前段において想定されているのと同様に、利用運送契約と実行運送契約とを単一のものとして取り扱う意思があったものとも評し得るところである。
以上説示したところを総合考慮すると、前記のとおり実行運送人は利用運送契約上の荷送人との関係では、原則として、旧ワルソー条約二二条二項本文の「運送人」には当たらないと解されるところではあるが、本件においては、利用運送契約と実行運送契約との間に右認定のとおりの特段の事情が認められるので、実行運送人である被告も、契約運送人と同様に、旧ワルソー条約二二条二項本文所定の運送人の責任制限を受けるものと解するのが相当であるというべきである。
したがって、被告は、旧ワルソー条約二二条二項本文所定の運送人の責任制限を受けるものというべく、被告の運送人としての責任は、被告の主張のとおり、一キログラムについて二五〇フランに制限される。
4 なお、原告は、旧ワルソー条約にいう「運送人」は契約運送人のみを指すことを当然の前提としているところ、それによれば、実行運送人が零細企業の場合に酷な結果となる可能性があること、また、大航空会社が他の企業を契約運送人として介在させることで契約責任を免れ得ることになり、契約運送人が無資力の場合には荷主としては自ら立証責任を尽くして実行運送人の不法行為責任を問うしかなく、荷主にとって酷であることなどの事由が考慮されて、その後、後記認定のごときグァダラハラ条約が制定されるに至ったのであるが、我が国は、法政策上ワルソー条約体制を維持しており、グァダラハラ条約については条約加盟及び批准をしていない以上、グァダラハラ条約の規定を旧ワルソー条約の解釈に持ち込むことは、民主主義に反し許されない旨主張するので、以下この点について検討する。
《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。すなわち、一九六一年に制定された「契約運送人以外の者によって行われる国際航空運送についてのある規則を統一するためにワルソー条約を補充する条約」(いわゆるグァダラハラ条約)は、実行運送人が、利用運送契約に基づいてワルソー条約の適用を受ける運送の全部又は一部を行う場合には、契約運送人はその契約に基づく運送の全部につき、実行運送人は自己が行う運送についてのみ、ワルソー条約の規定に服する旨定めているが、日本及び米国は右条約を批准していない。ところで、旧ワルソー条約成立当時には、航空運送が未だ発達しておらず、現在のように実行運送人と荷送人との間に契約運送人が介在するという場面を全く想定していなかったため、同条約は「運送人」の定義規定を設けていなかった。そこで、それまで数次にわたり行われてきたワルソー条約改正に関する国際的討議を経て、旧ワルソー条約の定める「運送人」の意義を明確にする趣旨でグァダラハラが条約制定されるに至ったものである。
こうしたところからすると、グァダラハラ条約は、旧ワルソー条約の特別規定として制定されたものではないというべく、したがって、我が国がグァダラハラ条約に加盟、批准していないことをもって直ちに前記のような解釈が許されないわけではないというべきである。
三 争点3(責任制限額の換算方法)について
1 旧ワルソー条約二二条四項は、同条二項本文に定める責任制限額二五〇フランは、純分一〇〇〇分の九〇〇の金の六五・五ミリグラムからなるフランス・フラン(いわゆるポアンカレ・フラン)によるものと定めている。
2 ところで、《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。すなわち、旧ワルソー条約が制定された一九二九年一〇月一二日当時は各国において金本位制が維持されていたが、フランスは一九三六年に金本位制を停止し、一九三七年にはポアンカレ・フランを廃貨するに至った。もっとも、旧ワルソー条約の責任制限額はポアンカレ・フランの有する金価値を前記のとおり金の純度及び重量をもって具体的に明示していたことから、その後は金の公定価格制度に基づいて右責任制限額が換算されるところとなった。しかるに、一九六八年の通貨危機による金の市場価格の高騰を受けて、各国通貨当局間のドル及び金の取引においては公定価格を使用し、金の市場価格は自由市場によって定めるという金の二重価格制が採用されるに至ったが、その後、金とドルの交換が停止されるなどして、通貨の固定相場制が実質的に崩壊し、変動相場制へと移行していったため、金の二重価格制についても、それを維持する必要性が失われるに至った。他方、国際通貨基金(IMF)は、一九七四年七月一日から、従来は金と連動していたいわゆる特別引出権(SDR)の評価方法を、金との連動を切り離し、各国通貨の加重平均価値によるいわゆるバスケット方式に改正した。これによって、金は国際通貨制度における基軸通貨としての役割を実質的に失うに至った。このような状況の下で、一九七八年四月一日、金の公定価格制が廃止されるに至ったため、旧ワルソー条約の責任制限額についてそれまで採用されていた換算基準が存在しないことになった。なお、金の公定価格制が廃止された際の公定価格(金の最終公定価格)は、金一オンス(三一・一〇グラムに相当する。)当たり四二・二二ドルであった。
3 そこで、以下、旧ワルソー条約二二条二項所定の責任制限額の換算の在り方について検討する。
《証拠省略》によれば、そもそも、旧ワルソー条約がいわゆるポアンカレ・フランをもって運送人の責任制限額算定の基準として採用した理由は、(1)運送人の責任制限額が各国の通貨価値の変化に影響されないこと、すなわち、①通貨の種類やその支払時期、支払場所等に左右されることなく運送人の責任制限額の実質的価値が国際的に統一されたものとして扱われ、②契約当事者間の予期しない結果とならないよう、換算基準としての明確性、安定性を保持することが期待されること、そして、(2)同条約が成立した一九二九年当時においては、各国において金本位制が維持されていたため、金価値を右換算基準とすることが最も右目的にかなうものであったこと等にあるものと解される。
責任制限額の換算基準としてポアンカレ・フランが採用された理由が以上のものであることに加え、前記2で説示した旧ワルソー条約が前提としていた同条約成立当時の国際通貨制度及びその後の国際通貨制度の変遷経緯を考え併せると、同条約の責任制限額の換算基準としては、金の最終公定価格をもってするのが相当と解される。
この点について、原告は、貨幣価値が変動しても実質的に同等の損害賠償額を確保するという旧ワルソー条約成立当初の立法趣旨からすれば、二〇年近くも前の金の最終公定価格ではもはや現在の貨幣価値を正確に反映するものとは到底いえないから、これを責任制限額の換算基準として用いることは妥当でなく、現在の金の自由市場価格によるべきである旨主張する。
しかしながら、今や金は国際通貨制度と連動しておらず、主として投機対象としての商品性を有するにすぎないため、金の自由市場価格は絶えず変動するのであり、そのようなものを責任制限額の適用に際して換算基準として用いるのは、明確性、安定性を欠くものというべく、旧ワルソー条約の責任制限額の算定基準としてポアンカレ・フランが採用された理由が前記認定のとおりであることにかんがみて、妥当ではないというべきである。
確かに、金の最終公定価格はもはや公定価格としての機能を失っており、現在の貨幣価値を正確に反映するものとはいえないので、金の最終公定価格によって算定された責任制限額が荷送人と運送人との公平上必ずしも適切なものであるとは言い難い面もあるが、この点については、航空貨物事故の発生率や責任制限額を超える損害が発生した事故の割合等を含めた国際航空貨物運送の実状や、国際通貨制度の運用状況等を踏まえて条約改正等により立法的解決が図られるべき事柄といわざるを得ない。
そうすると、旧ワルソー条約の解釈として金の自由市場価格を換算基準として用いるべきであるとの前記原告の主張は採用できない。
したがって、旧ワルソー条約二二条二項で定められた責任制限額たる一キログラムについて二五〇フランス金フランは、同条四項によって、金一オンス当たり四二・二二米国ドルを基準として、一キログラム当たり二〇・〇〇米国ドルに換算される。
四 被告の責任について
以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、被告の責任は旧ワルソー条約(昭和二八年条約第一七号。昭和四二年条約第一一号による改正前のもの。)二二条二項によって一キログラム当たり二〇・〇〇米国ドルに制限される。
また、前記第二の一4のとおり、本件被害品は飛行場若しくは航空機上において被告の管理下にある期間内に滅失したのであるから、被告は、旧ワルソー条約一八条一項ないし三項によって、右滅失に基づいて生じた損害につき、右責任制限額の限度内において賠償すべき責任を負う。
したがって、被告は、本件被害品(重量合計一三八キログラム)について、一キログラム当たり二〇米国ドル、すなわち合計二七六〇米国ドル(これを本件口頭弁論終結時である平成一一年七月二八日を基準として日本円に換算すると、その換算基準は一米国ドル当たり一一六・五七円となるので、合計三二万一七三三円となる。)の損害を、本件被害品の所有者から保険代位した原告に対して賠償しなければならない。
なお、前記第二の一5のとおり、被告は原告代理人に対して額面二七六〇米国ドルの小切手(甲九の1、2)を送付しているが、右小切手の振出人は被告とされていること、その裏面には「この小切手への署名により、受取人は、航空運送状(番号七一〇五―八九七五、発行日平成八年二月一三日)の航空貨物に関して生じる被告、これと関係する運送人、それらの代理店、役員及び被用者の責任に対するあらゆるクレームについて、完全な解決と満足を得るものとする。」という趣旨の条件が付されていることなどに照らせば、右小切手の交付が直ちに被告の原告に対する損害賠償債務の履行を提供したものということはできない。
また、遅延損害金は、金銭債務につき履行遅滞にある債務者に対し、その遅滞を要件として本来の債務に加えて課される遅延賠償の一種であるから、旧ワルソー条約の責任制限規定の適用を受けないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和五二年六月二八日民集三一巻四号五一一頁参照)。
したがって、被告は、旧ワルソー条約二二条二項に定める限度で損害賠償債務を負うほか、シネックス・ジャパンから原告が被告に対する損害賠償請求権を代位取得した日の翌日から前記損害賠償債務の履行済みに至るまで、これに付加して民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を負うものというべきである。
第四結論
以上によれば、原告の請求は、被告に対して三二万一七三三円及びこれに対する平成八年四月三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 金井康雄 裁判官 藤田広美 大森直哉)